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”小児がんを語る”

様々な立場で小児がんと関わり、向き合った方の思いを綴った”小児がんを語る”。
ご本人にとっての「日常の中での小児がん」「仕事として関わる小児がん」を語ります。

第3回 小児科医

前田 尚子 医師 「晩期合併症と長期フォローアップに関わって~小児科医としての想い~」

プロフィール

小児科医。国立病院機構名古屋医療センター小児科医長。
1989年医師免許取得後、名古屋市立大学医学部付属病院、聖隷浜松病院、名古屋第一赤十字病院(現日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院)等に勤務。
日本小児がん研究グループ(JCCG)長期フォローアップ委員。

治療が終わっても、合併症に悩まされる小児がん特有の問題

小児がんの治療成績はこの50年あまりの間に著しく向上し、がん種にもよりますが、80%は治癒が見込まれる時代になりました。

現在、日本国内には10万人以上の小児がん経験者がいらっしゃると推定されています。

一方でがん治療を終えて成長して大人になり、年齢を重ねた小児がん経験者の中には、様々な健康問題、心理社会的問題を抱える方が少なくないこともわかってきました。

みなさんは「晩期合併症」という言葉をご存じでしょうか?晩期合併症とは、「治療を終了した小児がん経験者に認められる、疾患自体の侵襲、および種々治療によると考えられる直接的、間接的な合併症(山本正生ら、1996年)」と定義されています。英語では、”late effects”といいますが、以前は「晩期障害」と訳していました。しかし、小児がん経験者の方から「障害」という言葉を使わないでほしいとの要望があり、現在では「晩期合併症」という言葉が用いられています。合併症というと、多くの方は身体的な問題をイメージされるかもしれませんが、身体的問題だけでなく、心理的な問題、社会的な問題も含まれます。晩期合併症は、成人がん、小児がんを問わず起こりますが、小児がん経験者では、抗がん剤などの薬物、放射線治療、手術といった治療が成長発達に影響を及ぼすこと、がんに罹患して治ったあとの人生の時間が長いことが、高齢者とは異なります。

身体的晩期合併症は、身長の伸びなど成長の問題、心臓の筋肉がダメージを受けることで心臓の機能が低下する心不全、不妊や二次性徴の異常、知的な発達への影響など全身のあらゆる臓器に起こる可能性があります。また、治療によって次のがん(二次がん)が引き起こされることもあります。心理的問題としては、抑うつ、不安神経症、心的外傷後ストレス障害、社会的問題には、学業の継続、就職・就労継続の問題、成人期以降の医療費や生命保険加入といった課題があります。このように晩期合併症には、二次がんのように生命にかかわるものと不妊などQuality of Life(生活の質)に影響するものがあります。

治療後の子どもたちを長期的に健康管理する「長期フォローアップ」に携わる

身体的晩期合併症は、がんと診断されてからの時間経過とともに罹患率が上昇していくことが知られており、生涯にわたる健康管理が大切ですが、がん治療を受けたときの年齢、治療内容によって、将来どのような合併症をおこす可能性が高いのかをある程度推測することができます。

現在何も健康問題がなくても、将来晩期合併症を発症するかもしれません。晩期合併症を未然に防いだり、早期発見治療につなげることはとても大切です。予防や早期発見治療のためには、適切なスクリーニング検査はもちろん、小児がん経験者が自身が受けた治療の内容や晩期合併症のリスクについて理解し、自ら健康管理を行うことができるようにするヘルスリテラシーの獲得が重要です。

このため、全国の小児がん治療施設では経験者の健康管理を目的とした「長期フォローアップ外来」の整備が進められてきました。

私が晩期合併症について初めて知ったのは、1998年に当時勤務していた名古屋第一赤十字病院(以下第一日赤)の上司であった松山孝治先生から、第一日赤で造血細胞移植を受けた小児患者さんの晩期合併症を調べるようにと言われたことがきっかけでした。

若手の医師は、入院中の患者さんの治療にあたることが多く、外来診療を担当することはほとんどありません。当時の私は、がん治療を終えて元気に退院していく子どもたちが、その後どのように成長していくのか実際に目にすることはなく、想像することもできませんでした。

日常業務が終わったあと、カルテ庫にこもってデータをまとめてみると、色々な晩期合併症を抱える患者さんの実像がみえてきて、こんなに色々なことが起こるのかと驚きました。第一日赤には4年ほど勤務しましたが、時折松山先生の外来診療を見学させていただくうち、長期フォローアップを通して小児がん経験者の力になりたいと思うようになりました。

2003年に現在の勤務先である国立病院機構名古屋医療センターに異動し、堀部敬三先生にご指導いただきつつ、2007年に長期フォローアップ外来を開設しました。外来では、小児循環器、小児内分泌、精神科、産婦人科、泌尿器科、内分泌内科、循環器内科等の医師や臨床心理士、長期フォローアップ外来専属の看護師の皆さんにご協力いただきながら小児がん経験者の晩期合併症のスクリーニングと治療、ヘルスリテラシー獲得支援にあたっております。最近では、血液内科の移植後長期フォローアップ外来と連携し、小児期に造血細胞移植を受けた患者さんの移行医療にも力を入れています。

「長期フォローアップ」のガイドライン作りに奮闘

2008年より日本白血病リンパ腫研究グループ(JPLSG)長期フォローアップ委員会(2016年から日本小児がん研究グループ長期フォローアップ委員会)の委員となり、丁度作成を始めるところだった「小児がん治療後の長期フォローアップガイドライン」の執筆に携わることになりました。

前述のとおり、小児がん経験者の晩期合併症の実態や長期フォローアップの必要性が認識されるようになってきましたが、2000年代初めの頃は各施設がばらばらに対応をしていました。 海外では、北米のChildren’s Oncology Group(COG)が2003年に「Late Effects Screening Guidelines」を公開しており、英国、スコットランド、オランダといった国々も長期フォローアップガイドラインを作成していました。

各国で作成された、長期フォローアップガイドライン

そこで日本でも長期フォローアップガイドラインを作ろうと、前田美穂先生(日本医科大学小児科名誉教授)や石田也寸志先生(愛媛県立中央病院小児医療センター長)が中心となり、長期フォローアップ委員会の委員が分担して執筆を始めました。構想から5年あまり、本邦初の「小児がん治療後の長期フォローアップガイドライン」は、2013年12月に刊行されました。

2013年刊行の初版

ガイドラインは、何年かごとに見直して、新しい情報を追加していく作業が必要です。

初版の刊行後、前田美穂先生から、「次はあなたがガイドラインの改訂版を作ってください。」とバトンを渡されました。何もないところからガイドラインを作られた前田美穂先生のご苦労に比べれば、素晴らしいお手本があった私は楽をさせていただいたのかもしれません。しかし、私にとっては大変な重責でした。「本当に私で大丈夫だろうか?」そんな不安がありました。もちろん前田美穂先生はじめ長期フォローアップ委員会の皆様は常に私を助けてくださいました。

改訂版は、「長期フォローアップは医師だけで出来るものではない。小児がん経験者を多職種チームで支援をしていく必要がある」という考えのもと看護師、臨床心理士、医療ソーシャルワーカーの皆さんに新たに執筆陣に加わっていただくことにしました。また、小児血液腫瘍科医だけでなく、小児内分泌科、小児神経内科、小児外科、脳神経外科、整形外科、眼科、耳鼻咽喉科、産婦人科、泌尿器科、放射線治療科など、小児がん治療や長期フォローアップにかかわってくださる多くの専門家に執筆をお願いしました。

執筆をお願いした方全員が本書の趣旨にご賛同くださり、多忙な業務の中、時間を割いてくださいましたことには感謝しかありません。

改訂版は、出版社から執筆を依頼されたわけではなく、自分たちが改訂版を作らなければならないと考えて作業をスタートしました。内容、構成、執筆者の選定に始まり、ある程度原稿が出来上がるまでの間、長期フォローアップ委員会の委員11名で構成された「ガイドライン作成ワーキンググループ」で何度も議論を重ねました。

編集会議のための会議室の使用料、各地から集まる委員の旅費など、本が形になるまでには色々とお金が必要です。そこでゴールドリボン・ネットワーク様から支援をいただけるとのお話を頂戴しました。ご支援がなければ、改訂版が日の目をみることはなかったかもしれません。 初版刊行から8年近く、何度も壁にぶち当たった執筆作業でしたが、漸く昨年9月に「小児がん治療後の長期フォローアップガイド」として改訂版がクリニコ出版より刊行の運びとなりました。

2021年刊行の改訂版

完成した書籍は、ゴールドリボン・ネットワーク様からいただいた支援金を用いて、全国の小児がん治療施設に1冊ずつお配りいたしました。

本書が小児がん経験者の皆さんの健康管理やより良い人生を送っていただくためのお役にたてば幸いです。

改訂版の刊行からまもなく1年が経とうとしていますが、私たちは既に次の版の作成にとりかかっています。

私からバトンをお渡しした先生(今はどなたなのか内緒です。)がとても頑張ってくださっています。前田美穂先生が私を支えてくださったように、私もバトンを託した先生のお手伝いをさせていただこうと思っております。

企業のCSR活動での協働、寄付のご連絡もお待ちしております。
どうぞお気軽にご相談ください。